昨日、私は「お客様に喜ばれるワンランク上の接客術」というタイトルで講習会を受けてきました。
私の感覚が依然とかなり違ってきていることは、気づいていたのですが、改めて全く違うことを思い知らされました。
この接客術を教える講習会は、ごくごく一般的な内容のものでした。
この接客術の根源で支えている論理が、人類の歴史の中で作り出してきた一つの信念・心理に基づくものに思えます。
それは、「自分自身は十分に満たされていない。」というものです。
言い換えれば、「私は愛ではない。」、「私は創造する者ではない。」、「他人から愛をもらわなければ生きていけない。」、「私は物足りない。」・・・ということです。
【お客様の心理と欲求】というものがあるそうです。
1、敬意をはらって欲しい心理
2、独占したい心理
3、損をしたくない心理
4、迷う心理
5、自分本位の心理
大別するとこの5つに分けることが出来るそうなのです。
この心理を無視したり、無神経な対応をしてしまうとクレームになるというわけです。
このどれもが、「自分自身は十分に満たされていない。」という信念に根ざしていることが分かります。
そして、この「お客様の心理と欲求」を満たすための接客術を、講習会で学んだわけです。
その一例として敬語も挙げられると思います。
敬語は、自分自身より目上の人に使うものとされていますが、この根底には「自分自身は十分に満たされていない。」という信念があるように感じられます。
上に立っている者が、目下の人に【お客様の心理と欲求】と同じものを要求するために使わせてきたモノだと感じられます。
逆を考えてみましょう。
私は愛であり、創造する者であり、十分に満たされている者だとすれば、これ以上何を要求しますか?
与えるものはあっても、要求するものなど何もありませんよね。
また、もう一つ【お客様の心理と欲求】を支える信念があります。
それは、自分と他人は全く違うものという考えです。
また、逆にこれを利用したりもします。
「あなたは、私と違うのだから」に端を発し、権力・政治力を行使し、奪えるだけ奪えという考えです。
敬語はこの「あなたは、私と違う」ということを表明する手段であり、構造化する手段として使用されてきました。
敬語は、目上の人に使う以外に、他人と距離を取るときに使用します。(目上の人が距離を置くようにと要求しているのですがね。)
「初対面の人」や「嫌いな人」に対して使用します。
嫌いな人に対しては、距離を置きたい為に、使用したりしますよね。
私もしてしまいます・・・。
このように「あなたは、私と違う」という信念を、習慣化させ構造化することで、権力の行使をしやすくしているわけですね。
こうして観てくると、あることに気づきます。
逆に、逆にです。
「相手を馬鹿にしている」ということです。
どういうことかというと、『あなたは、「愛であり、創造する者であり、十分に満たされている者」ではないですね。』と表明しているということです。
『「あなたは、弱く、一人では愛を与えられず、一人では創造することも出来ず、一人では満たすことも出来ない。また、あなたは、私と違います。」ということを構造化し続けることを手伝います』と表明し続けているかのようです。
今回の、講習会の間中ずーと私の中で、この講習会に対する違和感として感じられていました。
私は、『あなたは、「愛であり、創造する者であり、十分に満たされている者」ですね。』として接していきたいと改めて感じています。